終業のチャイムが鳴り響き、教室が騒がしさを増した中。
真田は鞄を手にすると、静かに教室を後にした。



くり返す溜息





日頃からレギュラーは揃って部室で昼食を取っているため、今日も真田は例に漏れず部室へと足を運んでいた。
しかし、運悪く、とでも言うべきだろうか。

部室へと向かう渡り廊下の途中、真田は仁王と鉢合わせたのだ。

そして、予想通りとも言える仁王の第一声は『どうだったんじゃ、昨日』と言う当然とも言える質問。
問われた真田と言えば、こちらも当然の如く顔を顰めたのであった。


「別に…どうもせん。お前が期待するようなことは一切ないぞ、仁王」
「何じゃ、つまらんのう。折角やったんじゃ、使えば良かったんに」
「仁王っ!」
「冗談じゃ、冗談。そう怒りなさんな」


悪びれた様子も見せない仁王にため息を一つ落として、真田は仁王から視線を外した。

まだ日差しの強い空の下を歩きながら、ふとの事が思い浮かぶ。
今頃は同じように昼食を取り始めた頃だろうか、それともまだ仕事中だろうか、と。

ポケットの中の携帯電話も、余程緊急の用でなければ日中に使用することは滅多にない。
真田がとメールを交わすのは、主に部活を終えた後。
にとっても、仕事を終えた後の時間に当たる。

それなのに。
今日に限っては、滅多に鳴らない携帯電話が鈍い振動を繰り返していた。


「ん…?珍しいの、メールか?」
「あぁ、そのようだな」


真田がポケットから携帯電話を取り出す様子を横目で見ながら問い掛ける仁王に答えて、携帯電話を開く。
メールの受信ディスプレイには『』と、今まさに真田が考えていた相手の名が表示されていた。

少し慌てた素振りでボタンを押す真田の様子に、仁王はつい口元を緩めて問う。


「彼女さん……さんからか?」
「だ‥誰からでも良かろう!」
「そう隠しなさんなって。俺は結構うらやましいんじゃがのう、真田とさん」


訝しげに真田が視線を仁王へ向ければ、どうやら本心で語っているらしい仁王の表情。

しかし、どう答えたものかと思案しているうちに、部室まで辿り着いた二人。
ドアを開けて中に入れば、どうやら既に他の部員たちは集まっていたようだった。


「ちーっス、遅いっスよ先輩たち!」
「よーし、全員そろったことだしメシ食おうぜぃ」


二人が到着した途端に一斉に昼食を食べ始めた部員たちを余所に、仁王は『それで?』と真田に切り出した。
空いた席に腰を下ろしながら、真田は口元に笑みを浮かべる仁王に何の事かと問い返す。
察しようにも、仁王が一体何について聞いているのか、真田には見当がつかなかったのだ。


「だから、さんからのメールじゃ。デートの約束…って感じでは無さそうじゃけど?」
「あ…あぁ、一度テニスの試合を見てみたいと言われた」
「ほぉ、確か来週は練習試合じゃったし、さん呼んでやったらどうじゃ?」
「えっなになに?来週の練習試合に副部長の彼女が見に来るんスか?」


二人の会話に突然入り込んで来た赤也の発言によって、部室は真田の彼女の話で一気に喧騒に包まれた。
こうなれば、前日のファミレスでの一件と同様、最早真田でも収拾がつかなくなってしまう。


「こら赤也、勝手に話を大きくするな!」
「別にイイだろぃ真田!俺たちには重大なニュースなんだぜ!」
「そーっスよ!それに一回会ってみたかったっスからねー、副部長の彼女!イイ機会じゃないっスか!」


本人にお構いなしに盛り上がる部員たちの様子に、真田は渋い顔をしながらため息を零すが…。
そんな真田を見ながら、やはり仁王は口元を緩めてみせるばかりであった。


「うらやましいのう、真田」
「何がだ。まったく…好き勝手に騒ぎおって……」
「ま、確かにそうなんじゃが…。それでもな、真田」




『お前さんのため息は幸せそうに見えるぜよ』

ニコリと笑いながらそう告げた仁王に、真田は思わず言葉を失って赤面した。
だがそんな真田に、仁王はもう一つ続けたのだった。
折角だから呼んであげたらどうだ、と。


『まったく…』と、朱の差した顔を隠しながらもう一度小さくため息をついた真田だったが、
への返事には仁王の助言通り、了承したと言う趣旨のメールが送られていた。





(いつの間に、こんなにも貴女を)

(想うようになったのだろう…)



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