それは、日差しの強い日の事だった。
真夏のように暑い、夏季休業前の合同練習日。


顔さえまともに見れない




立海大付属テニス部中等部との、合同練習を兼ねた練習試合。
真田らは、各自コートに散ってストレッチを開始していた。
平素から落ち着き払っている真田が今日に限って何処かそわそわして見えるのは、きっと彼女が来るからかもしれない、と。
ストレッチをしながら彼を覗き見た柳は、そのあまりに判りやすい反応に思わず口元を緩めた。


「(大きく深呼吸をした後で、帽子を被り直す…)」


少し離れた位置で同様に入念なストレッチを行う真田を見ながら、彼の行動を予測する。
すると状態を起こした真田は、見事なまでに柳の予想通りの行動を起こす。

「(まったく、判り易い奴だな)」


恐らく気持ちを切り替える為の行為だったのだろう。
そのあまりにも判り易い行動に、柳は笑わずには居られなかった。


「真田の奴、心理状態が目に見えて判るような動きじゃの」
「あぁ、弦一郎は感情表現が判り易い」


自分と同様に真田の様子を窺っていた仁王の言葉に同意して、柳は尚もストレッチを続けた。
まだ身体を解す段階だというのに、動けば動くほど身体が火照って行くような暑さだった。
部員のほぼ全員が、既に半袖・ハーフパンツの状態である。


「よし、ではランニングを開始する」
「うぃーっス」


どうやらスイッチが完全に切り替わったのか。
暑さにも、そして彼女の事にも囚われた様子の無い真田は、威厳ある声で指示を出す。
何時もと変わらぬ、練習の始まりだった。



・・・

が到着した時、真田はちょうどシングルスの試合の最中だった。
スポーツドリンクのペットボトルが入った袋を持った彼女に、最初に気付いたのは幸村で。
こんにちは、と笑顔で迎える幸村に、はぺこりと頭を下げた。


「こんにちは、幸村くん。これ、差し入れです。良かったらどうぞ」
「わざわざありがとう御座います。真田は今ちょうど試合中なんですよ」
「じゃあ…あまり邪魔にならないところで見てますね」
「フフ、傍で見てやって下さい。邪魔になんてなりませんから」


穏やかに交わされる二人の会話を横目に、既に試合を終えた柳生と仁王、そしてこれから試合の赤也は、同じくこの後シングルスを控える柳の側へと集まると、早速彼女に対する疑問をぶつけた。


「ねぇ柳先輩、もしかして……あれが副部長の彼女っスか?」
「あぁ、彼女がさんだ」
「柳君の話以上にお綺麗な人ですね」
「……何と言うか、色んな疑問が飛び交うの」


四人分の視線を受け、がふと振り向くと、柳は彼女の元へと足を進めた。
それを追って赤也ら三人が着いて来る様子は、まるで母鳥に着いて歩く雛鳥のようで、と幸村は思わず口元を綻ばせてしまう。


「こんにちは、さん。お久し振りですね」
「こんにちは。柳くんはもう試合終わっちゃいましたか?」
「いえ、俺は弦一郎の後ですよ。……ところで赤也、さんをそのように凝視するな」
「そうだよ赤也。それからこれ、さんからの差し入れだから冷やしておいてね」
「あッ!す、スンマセンッ!ドリンク預かるっス」


フェンスの外側でワイワイと賑やかなこの集団にも、試合中の真田は気付く様子もなく。
そんな真田の姿を横目に、はテニス部メンバーと軽く自己紹介を交わし、そのままの場所で真田の試合を観戦した。

凄まじい集中力と、真剣な視線と。
それでも何処か楽しそうな真田の姿に、は嬉しそうに笑顔を見せる。
その後、試合が終わって満足そうに囁いたの言葉に反応したのは、ここに居る全員だった。



「真田くん、楽しそうですね。テニスしてるところ初めて見ました」
「えぇーそうっスか?すぐ怒鳴るし怖いっスよ、副部長!」
「いや、さすが真田の彼女さんじゃ」
「本当だね。さんなら安心して真田を任せられるよ」


仁王と幸村の言葉に微かに頬を染めて、が否定の言葉を紡ぐ。
その和やかな集団の中に戻って来たのは、真田と同じく試合を終えた丸井とジャッカルだった。
しかし真田の姿に気付いたが彼に声を掛けるよりも早く、真田は一目散に彼女に駆け寄ると、自分が着ていた長袖のジャージを彼女の肩へと掛けて怒り出したのだ。


「こ…こんな露出した格好で来るなんて、たるんどるっ!それから赤也!お前は次試合だろう!早くコートへ行かんか!」
「ちょっ…!!何なんスか!柳先輩だって次試合…」
「さて、行こうか赤也」
「理不尽っスよー!なんでオレばっかり!」


怒鳴るだけ怒鳴った真田はといえば、の肩ににジャージを羽織らせた後、何故か赤也のコートベンチへと戻って仕舞い。
戻って来たばかりの丸井やジャッカルだけでなく、幸村と柳を除く全員は一瞬呆気に取られたのだった。


「な…なんだ真田の奴。自分の彼女にいきなり怒鳴って赤也のコート行っちまったぜぃ?」
「まぁ…さんがこんなに可愛い格好してれば仕方ないよ。ね?」


笑い出しそうになるのを堪えながら、幸村はチラリとに視線を向けた。
薄手のキャミソールで、両肩を露出した格好だったはといえば、真田の掛けたジャージを羽織ったまま、思い出したように慌てた声を上げたのだ。


「い…いえ、私なんてどんな格好しても全然!可愛くも何ともありませんし!」
「またまたそんな謙遜せんでもイイじゃき。俺がさんの彼氏でも同じことしたじゃろうしな」
「でも、真田が仁王と違うのは赤也をダシに逃げたことかな?」
「ま、確かにの。アイツは本当にシャイな奴じゃ」


『だって真田は、あんまり照れてさんの顔さえまともに見れなかったみたいだからね』と。
面白そうにの耳元で囁いた幸村に、再びの頬には朱が差したのだった。

それでもが帰る時ですら真田のジャージを羽織ったままだったのは、
彼の行為に対する、の嬉しさの表れだったのだが……
真田がそれに気付くのは、翌日、幸村に教えられてからのことだった。





(貴女が眩しすぎて)

(顔さえまともに見れない)



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