精一杯の背伸びをしながら、本を棚に戻そうとしているその姿があまりにも危なげで。
目が、離せなかった。


I JUST WANNA SEE YOU SHINE




「危ないですから、俺が戻しますよ」


休日の部活帰り、久々に立ち寄った図書館で目にした光景。
古典コーナーの一画、その人は、踏み台に乗りながら背伸びをして、本棚の一番上へと本を戻そうとしていた。
足場の悪い踏み台は少しグラついており、貴女が危なげで放ってなどおけなくて。

後ろから本の背表紙を押し入れれば、すんなりと棚に納まった一冊の本。
見ればその背表紙には『新古今和歌集』と、そう書かれていた。


「すみません、ありがとう御座いました」


踏み台から降り、振り向いたその人は小柄な、とても綺麗な女性だった。
声にも、纏った雰囲気にも…。
優しさと落ち着きが感じられる。


「取る時は平気だったんですけど…‥本当にすみません」
「いえ…ですが踏み台の上で背伸びをしては危ないですよ。この台、少しバランスが悪いようですから」


ありがとう御座いました、と。
柔らかな笑顔で再びそう告げた彼女に『どう致しまして』と返せば、
とても済まなそうにしながら、貴女が再度言葉を発した。


「あの、宜しければもう一つだけ…‥お願いしても宜しいですか?」
「えぇ、構いませんが」


す、と差し出されたのは、彼女が手にしていたもう一冊の本。
そちらの表紙には『新古今和歌集読解』と、そう書かれていた。

さっきの本の隣りにお願いします。
そう言って貴女から手渡された本を戻す前に、ふと口を吐いた言葉。
不意に湧いた疑問が、自然と紡がれる。


「和歌がお好きなんですか?」


俺からの問い掛けに、彼女は矢張り柔らかい笑顔を見せながら『そうなんです』と答えた。
その時彼女の見せた笑顔と、彼女から感じられた雰囲気があまりにも穏やかで。
思いがけず、鼓動が高鳴ったのを感じた…‥。


「どんな歌がお好きなんですか?」


ただ、何となく…。
このまま会話を終わらせてしまう事に物足りなさを感じて…。
データとして、では無くて。一個人として、彼女について少し知りたいと思った。

しかし、なかなか終えようとしない会話に対しても、彼女は終始柔らかな雰囲気で俺に笑顔を見せて。
『そうですね‥』と、少し考え込むように俺の手の中に渡った和歌集に視線を落とした。


「私は恋歌が好きですね。悲恋な歌が多いですけど」
「恋歌、ですか」
「あ…ゴメンなさい。男の人はあまり興味ありませんよね」
「いえ、そんな事はないですよ」


俺を気遣うようにそう告げた彼女に、思わず慌てて否定する。
そんな自分が、何だかとても滑稽だった。
何故こんなにも、会話を途切れさせないために必死になっているのだろうか、と。

しかし彼女は俺の否定の言葉に対し、いいんですよと返した後で、やんわりこう続けた。
『変わった趣味だってよく言われますから』と。
それでも俺には、彼女の雰囲気に良く似合った趣味のようで、どこか惹かれる所があった。


「俺も少し興味があるので…宜しかったらこの本、戻さずにお借りしたいのですが…」
「私に話を合わせて頂いてすみません。それでも…嬉しいです」


棚にしまって欲しいと彼女から手渡されていた本に視線を落としながらそう告げれば、
貴女が、あまりにも嬉しそうに微笑んで…。
不覚にも、その笑顔に見惚れてしまう。

初対面だと言うのに、貴女の事が気になってしまう……。


『どうもありがとう御座いました』と。
ぺこりと軽くお辞儀をしたあとで、くるりと俺に背を向けて歩き出した貴女の後ろ姿を目で追いながら、

もう逢えない人ならせめて、貴女の名前だけでも聞いてしまえば良かった、と。


ほんの僅か心に残った後悔を感じながら、手の中にある本の表紙を捲った…。





(君が輝くのを)

(見ていたいだけ)



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